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東京高等裁判所 平成8年(ネ)3803号 判決 1997年5月22日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは、控訴人に対し、各自金一億三一一三万六八七一円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  申立て

一  控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人らは、控訴人に対し、各自金二億六三五七万三七四二円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

控訴棄却申立。

第二  事案の概要

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由第二記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二頁一二行目の「高島屋」を「株式会社高島屋(以下「高島屋」という。)」に、同三頁三行目の「損益を生じ」を「損益を生じたが、平成元年一二月頃から損失を出す月が多くなり」に、同行目の「損失額」を「損失の累計額」に改める。

2  原判決五頁六行目の「要旨」から同八行目の「見込まれ」までを「やっとよい情報がきたが、それは被控訴人会社の本部が勧めているもので、草川も知っている内部情報であるから、絶対人には言わないようにと口止めされた上、被控訴人会社の子会社である日本合同ファイナンスの株式が今は一株二万円くらいであるが、内部では将来六万円になるとみており」に、同一〇行目の「購入」を「同株式の購入」に、同一一行目の「言っている等と」を「言っていること等を」に改める。

3  原判決五頁一二行目の「内部情報」から同六頁初行の「金員を騙し取られ」までを「本件株式が確実に値上がりする旨の虚偽情報ないし断定的情報による違法な勧誘により、右情報を信用し、本件株式は必ず値上がりするものと信じて本件株式を購入し、代金相当額の出捐をさせられた結果」に改める。

第三  当裁判所の判断

一  次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由第三の一、二の記載のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決八頁末行の「一一、」の次に「乙一二、」を加え、同九頁三行目の「杉本をお茶屋「久富美」に伴い、」を「杉本と共に京都市先斗町のお茶屋「久富美」で飲酒した際に同店において」に改め、同四行目の「甲一一、」の次に「乙四九、」を加え、同八行目の「詰問したが」を「詰問したところ」に改め、同行の「要旨、」を削り、同一一行目の「安心できる」から同一二行目の「継続し」までを「安心してほしい旨の説明を聞き、取引を打ち切ることなく継続したが」に改め、同一〇頁一行目から同二行目にかけての「変わらなかった」の次に「。そのため、控訴人は、被控訴人杉本を強く詰問し、有利な情報の提供や損失の補てんを求めるなどしていた」を、同行の「一一、」の次に「一二、乙四九、」を、同三行目の「立ち寄った」の次に「京都市先斗町の」を加え、同四行目の「要旨、」を削り、同六行目の「生じないようにする、と聞き」を「生じないようにすると言われたために」に、同行目の「依頼し」を「依頼したところ」に、同八行目から九行目にかけての「買うように」を「買えば確実にもうかると」に改め、同一一頁六行目の「二億円余を」の次に「自宅の」を加える。

2 原判決一一頁一一行目の「要旨」から同一二頁二行目の「あるとして、」までを次のとおり改める。

「「甲野さん、ラッキーですよ。やっとよい情報がきました。これは草川もよく知っていて、甲野さんに絶対勧めてほしいと言ってきました。実はこれは内部情報なんですよ。ですから絶対に人には言わないで下さいよ。」

「甲野さん、店頭株で日本合同ファイナンスというのがあるでしょ。これは甲野さんも知っていると思うけど、野村の完全な子会社なんですよ。今ここの株価は二万円くらいですが、内部では確実に六万円になるとみています。どんなに悪くてもすぐに四万円になるのは確実です。これを思い切って買いましょう。」等と述べて、強く」

3 原判決一二頁五行目の「株式を」の次に「全部」を加え、同一〇行目の「恐れがあるとも」を「おそれがあるとか、被控訴人会社は高島屋の幹事会社をやらせてもらっているので損はさせられないとも」に、同一一行目の「損失を生じていた」を「損失を生じていた上、自宅の売却代金は銀行への返済に充てなければならないものであって、株式投資に回すことはできないと考えていたので、いったんは断った」に改め、同一二行目の「同人に」の次に「確実にもうかると」を、同一三行目の「により」の次に「その言辞どおりの」を加え、同一三頁初行の「言により、今一度」から同二行目の「賭けて」までを「言もあって、本件株式が確実に値上がりするとの被控訴人の前示の勧誘の際の言辞を信用し、本件株式への投資によってこれまでの」に改め、同四行目の「株式」の次に「全部」を、同一一行目の「甲一一、」の次に「一二、乙一三ないし一六、」を加え、同行の次に次のとおり加える。

「2 右事実によると、被控訴人杉本は、控訴人に対し、被控訴人会社の内部情報によれば、被控訴人会社の子会社である日本合同ファイナンスの株式は、被控訴人会社の内部では確実に時価の約三倍に値上がりするとみており、どんなに悪くても約二倍になることは確実である旨説明して、本件株式の購入を勧誘したものであるが、これは、前記一の2ないし4及び二の1の取引の経緯その他の諸事情の下においては、株式取引に伴う危険性についての認識を誤らせる行為というべきであるから、右の勧誘は、証券取引法五〇条一項一号の禁止する、有価証券の取引に関連し有価証券の価格が騰貴することの断定的判断を提供して勧誘する行為に該当し、証券会社の使用人が有価証券の取引に関して遵守すべき法規に違反するとともに違法な侵害行為に当たるものであることが明らかというべきである。」

4 原判決一三頁一二行目の「2」を「3」に改め、同一四頁五行目の「乙一二、」の次に「四九、」を加え、同六行目から同一七頁七行目までを次のとおり改める。

「しかし、控訴人は、それまでの間に、被控訴人杉本の勧誘に従って行った株式取引によって一〇億円以上もの巨額の損失が生じていたため、同被控訴人に対しては、強く苦情を述べ、また、不信感を抱いていたものであるから、それまでと同様の方法による勧誘によってさらに六億円もの多額の本件株式取引に応じたとは到底考えられないこと、控訴人は、当時所有していた他の株式全部を売却して作った資金のみならず、従前の株式投資等で累積した銀行からの借入金の返済に充てるためにやむなく自宅の土地建物を売却して準備していた資金の一部まで投入して、集中的な投資による本件株式のみのいわゆる一点買いに及んだものであること、控訴人は、当時、大手百貨店である高島屋の取締役京都店長であり、その後常務取締役という枢要な地位に就いたことからすれば、通常人以上の知識と判断力を備えていたものと推認される上、多大な損失を招きその負債の処理に追われるに至っていたそれまでの株式取引の経緯に照らし、値上がりすることについての相当な裏付けもなしに、自己の判断のみで本件株式の値上がりに賭けて右のような危険性のある高額の取引を行ったとは考え難いこと、他方、被控訴人会社堺支店においては、当時のいわゆるバブル崩壊による株式不況の下で、今後はいわば被控訴人会社グループ(同社及びその系列会社)の子会社ないし系列会社であって、店頭上場している日本合同ファイナンスの株式を積極的に顧客に勧誘して販売する方針を決めたため、被控訴人杉本は、この方針に従って控訴人に前記のとおり極めて積極的に本件株式の購入を勧誘したものであること、日本合同ファイナンスは被控訴人会社グループの子会社ないし系列会社であるから、同グループ全体に対し影響力を有すると推測される被控訴人会社が内部的に日本合同ファイナンスの株式が確実に二倍ないし三倍に値上がりするとみており、草川もその購入を勧めている旨の説明は、後記のとおり顧客にとっては魅力のある高度の内部情報であると理解し得るものであることに照らすと、被控訴人杉本の供述ないしその記述である前掲各証拠は到底採用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

被控訴人らは、被控訴人杉本が控訴人に説明した内容はもともと一般に公表されていて、内部的に特別な意味のあるものではない上、控訴人は「内部情報」が具体的にどのようなものであるかということについて何らの確認もしていないのであるから、本件株式が確実に値上がりするとの内部情報による勧誘によって控訴人が本件株式の取引を行ったとの控訴人の供述は、信用できない旨主張する。しかし、被控訴人らのいう内部情報の内容は前記認定のとおり意味のあるものである。また、株式取引について専門的な知識を有する証券会社の社員が特定の顧客に対して、他に口外しないように口止めした上、株価が確実に値上がりするとの内部情報がある旨説明して勧誘する場合には、右のような勧誘は、少しでも他より有利な情報を得たいと考えている顧客にとっては極めて魅力的で誘惑的な勧誘方法であって、たとえそれが株価の値上がりの根拠等についての具体的な説明を伴わないものであっても、当該顧客に何らかの事情により特定の者のみに明かされる株価の動向についての秘密の情報が供されたと信じさせるに足りるものということができる。そして、従前の被控訴人会社での株式取引によって多大の損失を被っていた控訴人としては、損失補てんの手立てとして右のような情報を自己に特別に提供されるべきものと考えるに足りる主観的な事情もあったといえるのであるから、控訴人に対する右のような勧誘は、控訴人の株式取引の危険性についての認識を誤らせて、本件株式の取引を行うに至らせたものというべきであり、被控訴人らの右主張は採用の限りではない。

また、被控訴人らは、日本合同ファイナンスの発行済株式に対する被控訴人会社の持株比率は三・五ないし三・八パーセントにすぎないから、日本合同ファイナンスが被控訴人会社の子会社であるとはいえない旨主張するけれども、《証拠略》によると、被控訴人会社発行の「会社四季報」においても、日本合同ファイナンスは被控訴人会社の系列会社である旨紹介されており、被控訴人会社の日本合同ファイナンスの発行済株式に対する持株比率は右の程度であるものの、その他の大株主として被控訴人会社の子会社ないし系列会社と目される会社が多数記載されていることからすると、日本合同ファイナンスが被控訴人会社グループの系列会社として、被控訴人会社の影響を強く受ける可能性のある会社であるとみられる点においては変わりがないということができる。したがって、被控訴人会社の内部情報であると告げられた者からすれば、その情報は日本合同ファイナンスの株価に影響を及ぼす情報であると考えることには何ら不自然な点はないというべきである。

以上のとおりであるから、被控訴人らの右各主張はいずれも採用することができない。

三  被控訴人らの責任

前記二の2記載のとおり、控訴人に対する被控訴人杉本の本件株式の前記勧誘行為は違法であって不法行為を構成するというべきであるから、被控訴人杉本は民法七〇九条により、控訴人がこれによって被った損害を賠償すべき責任がある。

また、被控訴人杉本は被控訴人会社の従業員であり(第二の一の1)、前記第二の一の1、4及び第三の二の1の事実によると、同被控訴人が被控訴人会社の事業の執行として、右行為をしたことが明らかであるから、被控訴人会社は民法七一五条一項により、控訴人が被った損害を賠償すべき責任がある。

四  控訴人の損害

1 株式売買による損害 二億四四八七万三七四二円

控訴人は、本件株式二万九〇〇〇株を購入するために六億五〇五七万六六九八円の出費を要したが、その後二万二〇〇〇株を売却して二億九九三〇万二九五六円を取得したこと、本件株式の購入価格は一株当たり二万〇四〇〇円(平成三年六月二六日)ないし二万三〇〇〇円(平成三年五月三〇日)であり、本件株式の売却価格は一株当たり九九〇〇円(平成四年三月一九日)ないし一万四七〇〇円(平成三年一一月二二日)であったことは前記第二の一の4、5記載のとおりである。また、《証拠略》によると、平成六年一〇月一九日当時の日本合同ファイナンスの一株当たりの市場価格は一万五二〇〇円であり、平成九年三月三日当時の市場価格は六〇二〇円であったことが認められる。

右事実によると、控訴人は、本訴を提起した平成六年一〇月二一日ころにおいて、本件株式のうち前記七〇〇〇株を自ら売却することが可能であったものであり、そうすれば、その後の市場価格の低下による損害の発生を回避することができたものということができるから、控訴人の本件株式の売買による損害は、少なくとも右の購入価格である六億五〇五七万六六九八円から売却取得金である二億九九三〇万二九五六円及び本件株式のうちの七〇〇〇株についての平成六年一〇月一九日当時の市場価格に相当する一億〇六四〇万円(1万5200円×7000株)を控除した二億四四八七万三七四二円を下らないものというべきである。

2 慰謝料について

本件不法行為についての財産的な損害がてん補されることにより、控訴人の精神的な苦痛は慰謝されるものというべきであるから、右請求は理由がなく、失当である。

3 弁護士費用 八七〇万円

本訴認容額、本件事案の内容、後記の控訴人の過失等を考慮すると、控訴人の本件訴訟に関する弁護士費用のうち本件不法行為と相当因果関係のある損害の賠償額としては、右請求額を下回らない額が相当である。

五  過失相殺について

株式取引においては市場価格の変動を確実に予測することは、事柄の性質上、本来不可能であるから、株式取引を行うについてはそのことを念頭において自己の責任において判断し、取引を行うべきものであるところ、前記一の1、3記載のとおり、控訴人は、本件株式の購入までの間に多数回の取引を行い、多額の利益を得たことも、逆に巨額の損失を受けたこともあったのであって、株式取引には予測し得ない損害を被るおそれがあることは十分に理解していたと推認されるのであるから、株式取引に当たっては、その都度的確な関係情報を入手するなどして自らの判断によって損害の発生・拡大を防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、控訴人は、巨額の損失の回復を図りたい一心から、被控訴人杉本の前記勧誘が前示の諸事情の下で信用し得るものと考え、これに応じて極めて危険性の高い本件株式取引をあえて行ったものであること、また、控訴人は、被控訴人杉本に対して、証券取引法上禁止されている損失補てんや自己のみ有利な情報の提供を求めるなど公正でない取引方法により損害の回復を図ろうとしていたことは、前記一の3の認定のとおりであり、本件株式取引も自己の責任と判断によってではなく、そのような公正でない取引方法によって行おうとした結果であることにかんがみると、本件株式取引については、控訴人にも過失があったものというべきであるから、控訴人の被った損害賠償額を算定するにつき、右過失を斟酌し、損害額の五割を過失相殺すべきものと考える。

よって、前記四の損害のうち、弁護士費用を除く損害について右の過失相殺をすると、右損害は一億二二四三万六八七一円となる。」

二 以上の次第で、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、株式売買による右損害と前記四の3の弁護士費用との合計である一億三一一三万六八七一円及びこれに対する不法行為の日の後である平成三年六月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであり、控訴人の請求を全部棄却した原判決は失当であって、本件控訴は一部理由があるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤和夫 裁判官 村田 生 裁判官 福岡右武)

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